熱血先生はたようじ 波多洋治 BLOG

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2016年05月21日 総務員、教育再生子ども応援特別委員に就任いたしました

5月9日、自民党県議団の総会が開かれ、平成28年度の人事案件を協議いたしました。新しい議長に井元乾一郎さん、副議長に久徳大輔さんが選ばれました。また、新しい常任委員会や特別委員会の委員長が決まり、正式に5月16日の臨時議会で承認されます。私はといえば、希望通り、常任委員会は総務員会、特別委員会は教育再生子ども応援特別委員会です。今年一年、気を引き締めて議会活動に汗を流したいと思います。

さて、岡山県総合グラウンドでは、毎週3日、月・水・金と、津島学区・御野学区・石井学区・伊島学区の高齢者の皆さんがグラウンドゴルフを楽しんでおられます。
10数年前、グラウンドの土が痩せて木の根が出るようになり、グラウンドゴルフをするのに大変不便なため、土入れの要望がありました。そこで、県の力を借りて整備をし、木と木の間を利用した素晴らしいコースができました。ところが、たくさんの樹木の間に作られているコースですので、木の葉がたくさん落ちてきます。グラウンドゴルフに参加しているお年寄りの皆さんが、いつもほうきを持ち寄って掃除をしてくれております。

今回は、掃除道具を寄贈していただけませんか、できれば、掃除用具を入れる清掃倉庫を建てていただけませんかと、要望がありました。
さっそく、県の土木部にある都市計画課に赴き、清掃用具と清掃倉庫を建ててもらうことをお願いしました。おそらく、地元の皆さんの要望を受け入れ、近いうちに実現するのではないかと思っています。要望をいただいた皆さんにも、県の対応を聞いて大変喜ばれ、私も嬉しく思っております。これからも、県民みなさんの思いを背負いながら、県政改革に挑戦し、行政とのパイプ役として精進してまいります。

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2016年04月13日 長崎と福岡の視察に行ってまいりました!

3月28日から30日、自民党政策集団 県政会の7人で長崎と福岡の視察に行ってまいりました。

まず一番に、マリンラボ長崎と呼ばれる長崎総合水産試験場を視察いたしました。
マリンラボ長崎では、ふぐの稚魚を放流して回収する栽培漁業が行われています。放流された稚魚は、長崎周辺の海を回遊して約9割が帰ってくるそうです。また、雄の稚魚のみが生まれるような研究がされ、成功しています。現在、長崎県は、トラフグの国内の養殖生産量51%、生産額44%を占め、全国1位のシェアを誇っております。

次は、長崎港を訪れ、松が枝国際ターミナルを見学しました。長崎港は、釜山や上海、東アジア圏内の主な港から一日で到着できる範囲に位置しています。また、松が枝岸壁周辺には多くの世界遺産史跡があります。イーストアジアクルーズに非常に適したゲートウェイであり、毎年多くのクルーズ客船が寄港します。
クルーズ船の受け入れは、経済波及効果はもちろん、街の活性化に大いに寄与しております。大型客船誘致促進プロジェクト推進事業として相当な予算も組まれ、市内観光やショッピング、旅行会社や飲食施設などのマッチング等も含め、さらなる受け入れ拡大についての取り組みが行われております。平成27年度の乗員乗客数は約50万人であり、これを100とすれば、平成32年には270に上げていく目標値とするとうかがいました。
課題としては、観光用の貸切バスや観光地のバス駐車場の確保、市街地の交通渋滞の問題などが挙げられます。長崎は山に囲まれた湾を囲んで壺状の街であることを考えますと、多くの問題が発生しそうに思えました。


次に、福岡県庁に入り、世界遺産登録についての取り組みをうかがいました。現在、福岡県は、明治の産業革命遺産群の登録が認められ、「神宿る島」宗像・沖ノ島の遺産群を世界遺産に登録する取り組みが行われています。
私としては感じるところもあり、ここでは意見を述べたいと思います。遺産というと過去の歴史に刻まれた遺物という印象があります。宗像・沖ノ島は、祈られ祀られている、生きているそのものであります。島はいまだに人が立ち入ることが許されておりません。宮司さんですら一年に一度島に入る時は禊をし、一木一草一石たり持ち帰ってならないというタブーが守られています。つまり、今も祈られ祀られて生きている島は、必ずしも遺産と呼べないのではないでしょうか。それを、我々の文化を遺産として世界登録するのはどうなのでしょうか。

フランスに行って、あなたの国の宝は何ですかと聞きますと、ミロのビーナスという答えが返ってきます。いうまでもなく、ミロのビーナスはギリシャの海に沈んでいたものを持って帰ってきたものです。また、イギリスの国の宝は何かと聞きますと、パルテノン神殿といいます。こちらも、ローマから持って帰ってきたものです。確かに、これらは文化遺産で遺物という思いがいたします。
日本人とは、文化や文化遺産に対する考え方に違いがあるように思います。我々が現に祈り祀っており、文化の中に生きているものを、遺産として片付けるのはどうなのでしょう。観光というところだけにスポットをあて、遺産として登録しますと、たくさんの経済効果が認められるかもしれません。しかしながら、どうも釈然といたしません。皆さんはどう思われますか。


最後に、福岡市の道路下水道局中部水処理センターを視察しました。
ここでは、福岡市が水素リーダー都市プロジェクトを立ち上げ、汚泥・汚水といった下水から99.97%以上の高純度の水素を作り、自動車のエネルギーとする研究がされております。九州大学、三菱化工機、豊田通商と提携し研究が行われており、ガソリンスタンドのような水素ステーションが開設されています。私達も水素で走る自動車に自動車に試乗させてももらいました。

ただ、私としては、水道の水を入れれば、H2に分解されてHで走るという単純なイメージを抱いておりました。高純度の水素をつくるためには、莫大な研究費用と施設設備が必要です。また、水素で走る車は、トヨタからミライという車が発売されておりますが、市販価格は700万円以上いたします。まだまだ、ガソリン主体のエネルギーが使われるのだろうと思われます。

エネルギーのベストミックスという言葉があり、現在は、太陽光・風力・原子力等となっております。水素はそれらのエネルギーの中に入れることができないほどの、まだまだ小さなシェアであります。しかしながら、これからの大きな課題でありますし、未来を先取りするという意味では、すごい取り組みをしているなと思われます。その点では、岡山県は立ち遅れているのかなと感じられました。

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2016年04月11日 沖縄本島の視察に行ってまいりました!

3月23日から25日、岡山県議会防衛議員連盟で沖縄本島の視察に行ってまいりました。

3月23日、最初に沖縄平和祈念公園を訪れ、岡山の塔を参拝しました。先の沖縄戦で散華された英霊の皆様に哀悼の誠を捧げるとともに、二度と再び戦争が起こらない平和な日本国家建設に向けて決意を新たにしたところです。

その後、対馬丸記念館を見学いたしました。昭和19年、戦争の激しさが日増しに迫ってくるなか、お年寄りの方や子ども達、女性達を県外に疎開させるよう指示されておりました。8月21日、対馬丸は学童の集団疎開のため、たくさんの子ども達を乗せて那覇港を出港しました。
しかし、制海権はすでにアメリカに握られており、アメリカの潜水艦ボーフィン号に魚雷攻撃により沈没させられ、乗船者1‚788名の人々が海底へ消えてしまいました。

対馬丸記念館は財団法人が運営をしており、財団を支える会員と会費を募集しております。この点について、私は違和感を抱きました。なぜならば、今年の正月にホノルルを訪れた際に見た、昭和16年12月8日に日本軍により真珠湾攻撃で沈没された米戦艦アリゾナ号のことを思い出したからであります。
アリゾナ号は、いまだホノルル港に沈められたままの状態で今日なお残されております。そして、戦艦に対して十字架になるような観覧場所が設置され、多くの日本人観光客をはじめ世界の観光客が見学しています。そして、「リメンバー パールハーバー」を合い言葉に、アメリカならびにハワイ州が管理運営しています。

このことを思えば、対馬丸記念館は国家が管理してしかるべきではないでしょうか。一財団法人が運営するような形にしていること自体、まことに、戦後処理の甘さがあると思います。真に独立国家・主権国家日本であるならば、国家がきちんと検証するべきことであり、世界に対してアメリカ軍の非人道的無差別な殺戮に対して抗議するべきだと思います。


24日は、海上自衛隊那覇基地と陸上自衛隊那覇駐屯基地、米海兵隊普天間飛行場、そして、25日に、キャンプ・シュワブと辺野古地区を視察いたしました。
アメリカ軍の司令官が自ら説明に立ち、我々の質問を受けてくれました。私は、司令官に対し、まず、「我が国の平和と安全にアメリカ軍が多大な貢献をしていることに感謝をしています。とりわけ石油をアラビア海に依存している日本にとって、シーレーンが安全に確保されているということはアメリカ軍のおかげであり、心から感謝を申し上げます」と、御礼を申しました。続いて、「尖閣列島に中国侵略が及ぶとアメリカ軍は日本を助けるのか」「韓半島で今、米韓共同軍事演習が行なわれており、まことにきな臭い状態にあるが、有事の可能性はあるのか」と、二点を質問させていただきました。
答えは実に明白でありまして、「日本を助けるのは当然である」、そして、「韓半島に有事が起これば、適切に対処する」とのことでありました。

キャンプ・シュワブと普天間飛行場近辺では、大勢の人たちがテントを張り、「アメリカ軍帰れ」と書かれた看板を持ち、マイクで「米軍帰れ」とシュプレヒコールを繰り返していました。連日のごとく反基地闘争が繰り広げられておりますが、アメリカ軍司令官の「名護市の市民は誰もおりません」という言葉が象徴するように、ほとんどの人が県外からのプロの運動家達なのであります。
こういった現実は、メディアではまったく報道されておりません。23日の夜に自民党沖縄県議会の会長や副会長、幹事長と懇親の場を持ちましたけれども、沖縄の敵はメディアにある、という話もおうかがいしました。今日の自由主義社会にあって、偏った報道しかなされないという異常な姿に、憤慨をして帰ってきた次第です。


ところで、24日の夜は、本部町の沖にある伊江島を訪ね、伊江村で民泊をいたしました。ここでは、伊江島観光協会が島外からの観光客を迎え入れる民泊事業を行っています。山城克己さんという方が島の活性化のため始められたのですが、当初はなかなか理解が得られず、ずいぶん苦労されたそうです。
はじめに伊江村を訪れたのは、大阪の私立中学校の修学旅行生でした。一つの受け入れ民家で3・4名の生徒を預かるわけですが、中には、夜に出歩いたり門限を守らなかったりするなど、言うことを聞かず勝手な振るまいや行動をし、民泊のおじさんから説教をされたりげんこつを落とされたりした生徒もいたそうです。修学旅行生が帰ったあと、民泊事業に当たった人達は山城さんを攻撃し、二度とやらないという答えが返ってきたといいます。

それから1ヶ月たった頃、大阪の私立中学校の先生から電話が入り、「3つのお話がありますので、これから島に教師達でうかがいたい」というお話がありました。山城さんは、民泊にあたった人や観光協会の人達に集まってもらい、先生達の話を聞くことにしました。
お話の一つ目は、「修学旅行にご協力いただきありがとうございました」という御礼でした。二つ目のお話は、感謝の言葉でした。生徒達が大阪に帰ったのち、修学旅行に参加しなかった先生達に島の体験談を語るようになり、「すごく良かった。すごく楽しかった。涙の体験をした」など、そんなお話をはじめたそうです。今まで荒れていて学校崩壊寸前の中学校が、ひとつの修学旅行を機会に再建できつつあるということに、教師達は感動しました。三つ目は、来年もぜひこの地に修学旅行に来させたいので、ぜひ引き受けて欲しいというお願いでした。

民泊に取り組んだ人達は、これらの話を聞き、良かったな、意味があったんだなと思われたそうです。そして、伊江村の民泊事業は、次代を担う子ども達の教育事業でもあるということに気が付きました。以来、積極的に取り組み、年間3万人前後の人々を受け入れるようになり、経済波及効果は約10億円という事業に成長しました。


翌朝は雨の中、私達が島を離れるとき、お世話になった宿やの皆さんや、観光協会の皆さんが、大漁旗や「いってらっしゃいませ」と書かれた大きな垂れ幕を下げて、船が港を離れるまで見送ってくれました。伊江村の人達の温かさが中学生を感動させ、島を訪れる人達に、「また来たい」という想いを抱かせているのだと思います。

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はたようじ 波多洋治

はたようじ 波多洋治

自由民主党公認岡山県会議員

昭和18年9月14日 島根県隠岐島生れ

住所/岡山県岡山市北区白石65-3

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