熱血先生はたようじ 波多洋治 BLOG

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2019年02月23日 2月23日(土)馬屋下学区コミュニティで文化祭

馬屋下学区コミュニティで催された文化祭に行ってきました。
絵画や書、手芸、生け花など、地域の方の作品が多数展示されていました。
105歳でこの世を去った私の父は、晩年書道にいそしんでいて「学べば老いず」が口癖でした。生活の苦しさや辛さを忘れて一つのことに没頭する時間をもつことは大切なことだと思う、とあいさつしてきました。
 
夕方からは、大阪へ。
シェラトンホテルにて、近畿大学空手道部「春一番祭り」という恒例の祝賀会が開かれました。「全空連」の笹川会長も東京から駆けつけ、オリンピックへ向けた意気込みを述べられました。
東京の後に開催されるパラリンピックでは、残念ながら空手が正式種目から外される懸念もあり、今後もIOCに向けて情宣活動を行っていくという強い思いが伝わってきました。
 
その後、岡山商科大学空手道部の教え子たちと2次会に移動し、楽しい酒を味わってきました。
 

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2019年02月20日 2月20日(水)岡山スポーツ賞表彰式

午前10時。『ピュアリティまきび』を会場に、岡山スポーツ賞表彰式が催されました。
この賞は、各種報道機関16社のスポーツ記者クラブの投票によって選定されるもので、昭和36年に制定され、今回で58回目となる伝統と名誉ある賞です。
このところ、スポーツの話題がでると、NHK大河ドラマ「いだてん」の主人公、金栗四三さんの逸話が思い浮かぶ私は、そのエピソードも絡めて次のような祝辞を述べてきました。
「日本マラソン界の父と呼ばれている、金栗四三氏は、明治45年(1912年)、国内陸上記録会で当時の世界記録を一気に27分も縮める、2時間32分45秒という素晴らしい記録を打ち立て、東京高等師範学校(現筑波大学)嘉納治五郎学長から、ストックホルムオリンピックへの出場をすすめられます。当初は、頑なに断っていましたが、『日本スポーツ界の黎明の鐘となれ』という言葉で、参加を決意しました。
しかしながら、ストックホルムまでの移動は、海を渡り鉄道乗り継ぎ20日間にもおよびました。さらに、気候風土の違いも加わる厳しい条件下での戦いとなり、ついにゴールへとたどり着くことなく試合を終えたのでした。
それから、55年後の昭和42年。
金栗氏のもとに1通の手紙が届きます。差出人はスウェーデンオリンピック委員会。
それは、『貴殿はゴールも棄権もされてなく、試合中行方不明扱いのままです。ぜひゴールテープを切って試合を終わらせてほしい』という主旨の言葉が書かれた、ストックホルムオリンピック55周年記念の祝賀会へ招待するための、スウェーデンからの粋な計らいでした。
スウェーデンに赴いた金栗氏が、ゆっくりとゴールテープを切ったとき、会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こりました。
記録54年間8ヶ月6日5時間32分20秒3。
マラソン界のみならず、スポーツ界全体の記憶に残る素晴らしいエピソードです。
このように、スポーツは素晴らしく、今日ただいま行われいる試合だけがすべてではなく、指導者や支援者など、どんな形でも関わり続けていれば、必ずや大きな感動をもらう日が訪れるはずです。」
 

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2019年02月19日 2月19日(火)「秋山会」会食ほか

午前中、議会運営委員会があり、来たる2月25日の定例議会開会日の冒頭で、天皇陛下御在位30周年祝賀奉告をすることが決定しました。
 
昼、市立宇野小学校職員の会「秋山会」が『梅の花』で開かれました。
懐かしい先生方とお会いして、当時は厳しくもあったが、子どもたちを大きく、優しく包み込むような指導が行われていたなどと、思い出話に花を咲かせました。
昨今、教育現場を取り巻く様々な問題解決の一助となる内容だったように思います。
 

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はたようじ 波多洋治

はたようじ 波多洋治

自由民主党公認岡山県会議員

昭和18年9月14日 島根県隠岐島生れ

住所/岡山県岡山市北区白石65-3

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