熱血先生はたようじ 波多洋治 BLOG

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2019年08月27日 8月27日(火) 美作県民局管内視察後編

宿泊先だった津山市のホテル「ザ・シロヤマテラス津山別邸」を経ち、真庭市新庄村へ。
新庄村は、旧出雲街道の街並みに沿って桜並木が続く「がいせん桜通り」を有し、「日本でもっとも美しい村連合」にも属している風情ある町です。
 
ここでは古民家をリノベーションした、コワーキングスペース「咲蔵家(さくらや)」を訪問しました。
就労支援の拠点として作られたこの施設は、一階はテーブルやカウンターが配置されたオープンスペース、2階は会議室となっていて、もちろん全館Wi-Fi完備。人々が気軽に利用できる交流拠点となっています。
 
お昼は、「脇本陣さくら茶屋」で、地元食材を使った和のコース料理を楽しんだあと、今年リニューアルされたばかりの、道の駅「がいせん桜新庄宿」に移動しました。
木材をふんだんに使った、温もりのある施設内には、たくさんの特産品が並んでいます。村のオリジナルブランド「OISHINJO(おいしんじょう)」商品も豊富で、とりわけ特産品である餅米「ヒメノモチ」を使った「ひめのもち」は私のおすすめです。
ぜひ一度足を運んでみてください。
 
その後、旧美甘中学校を訪問しました。
ここは現在、ジビエ料理の缶詰や瓶詰の製造所として活用されています。
この地域の課題でもある地元産業の活性化に向け、地域資源を活用した取り組みの拠点となっています。
 
最後の訪問先となったのは、落合町総合センターでした。
鉄骨と木造が融合した建物で、市内で生産される木のチップとペレットを熱源とした「オール・バイオマス熱源」による空調システムを導入しています。
施設内には支所、図書館、保健センターなどがあり、落合地区の市民サービスの拠点を担っています。
 
今回の視察を通じて感じたことは、どの地域も少子高齢化の問題を抱えながらも、地域の活性化のために知恵を絞り、新たなことに懸命に取り組んでいるということです。
県も、地域だけに任せるのではなく、財政面での支援をはじめ一丸となった支援策を講じることが重要ではないでしょうか。これらの地域の活性化なくして県の活性化はないのですから。
 

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2019年08月26日 8月26日(月)【県政】総務員会県内視察

26日(月)~28日(水)までの3日間、総務員会の県内視察で美作県民局管内の中山間地域を訪問しました。
 
初日、最初に訪れたのは東粟倉地区です。
同地区はかつて東粟倉村だった地域で、現在428世帯、約千人が暮らしています。
このエリアでは、進む人口減少と高齢化率(43.3%)の上昇を食い止めるべく、兵庫県との県境市町村から有志が集い「愛の村元気プロジェクト」委員を立ち上げました。コンサートの開催、雪合戦大会や花火大会など、さまざまなイベントの開催・誘致などエリアの新たな魅力作りに取り組んでいます。

また、東粟倉村が誇る天然水にも着目。岡山県下最高峰の「後山」から湧き出す天然水を“愛の水”と名付け、24時間給水可能な施設を設置、20リットル100円で販売を始めています。ちなみにこの「後山」は、1200年前修験道として開かれ、今なお女人禁制を貫く聖地ではありますが、新緑、紅葉と四季を通じて美しい景観が楽しめる山として、地元の人々から親しまれている山です。また、日本一大きな鐘“愛の鐘”というベルがある「ベルピール自然公園」もあり、結婚式の場としても人気を集めています。
 
住民と行政が一丸となって、「行きたい・住みたい・帰りたい」地域作りをめざしたこれら活動が成果を上げ、この地区を訪れる人が増えているのはとてもうれしいことです。
 
 
つぎに訪問したのは、同じく東粟倉村地区にあるゲストハウス「ザイオン」でした。
「ザイオン」は、旅行者に地元の魅力を広く伝えたいとの思いから、橋口隆行さんが2017年3月に開設した施設。
橋口さんは20年前、ご夫婦で無計画での世界一周放浪の旅に出発。約2年半をかけて5大陸41か国を見てまわられた経験を持つ方。帰国後に、田舎でゲストハウスを開きたいと移住先を探すうち、美作市の「地域おこし協力隊」募集を知り、美作市の一員になられました。
もともと大工をされていた橋口さんが、移住後真っ先に取り組んだのが空き家対策です。
そのなかで古民家を利用した「ザイオン」を完成。さまざまなイベントを計画し、旅行者だけでなく地域のコミュニティハウスとしても親しまれているそうです。
橋口さんの、精力的な姿勢に元気をもらって「ザイオン」を後にしました。
 
初日最後の視察場所は勝央町吉野地区でした。
この地区の大きな特徴は、地域住民主体が運営するガソリンスタンドや、食料品販売店があることです。
かつてこの地域で住民の生活拠点を担っていた「JA勝央」が、続く赤字経営を理由に閉鎖されることに。ガソリンスタンドはどうしても必要だった住民側とJAで協議を重ねた結果、地域住民主体で運営する、全国的にも珍しいガソリンスタンドが誕生したそうです。
既存の建物を改修した新しい店舗は、人々が集う姿をイメージして「どんどん市場」と名付けられ、地元農産物や日用品、酒や雑貨などの販売も行う、新たな生活拠点として親しまれています。
また、移動販売の導入に併せ、地域見守りや買い物支援にも取り組むなど、住民自らが自分たちの手で快適な暮らしを維持、活性化する取り組みに励んでいます。
 
2日め以降の報告はまた後日!
 

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2019年08月12日 8月12日(月)~16日(金)【徒然】ベトナム旅行へ

この日から5日間のベトナム旅行の始まりです。
 
午前4時起床。新幹線とはるかを乗り継ぎ関西国際空港へ。
朝10時30分発のベトナム航空321便にてホーチミンへむけて飛び立ちました。
5時間45分のフライトののち、現地時間の午後2時45分(日本との時差2時間)無地到着です。そこからさらに飛行機を乗り継いで、フーコック島まで移動。島に到着したのは、辺りがすっかり薄暗くなった、午後7時30分でした。
 
空港からはホテルまでは車で移動。洪水のごとき量の自動車とオートバイがせめぎ合う道をひた走ること数時間。途中レストランで海鮮料理の夕食をとり、宿泊先である『ヴィンパールルゾートホテル』にチェックインしたのは、夜中の12時過ぎでした。雨季に入っているフーコック島は、4日前の台風の影響もあって道路の凸凹が激しく、終始のろのろ運転での移動。インフラ整備が遅れていることを痛感しての旅の始まりとなりました。
 
 
この島は、今年1月に開業した『コロナ』という巨大なカジノがあり、大勢の外国人観光客でにぎわっています。
現地ガイドの話によると、もともと何もなかったこの島に、リゾートホテルやカジノ建設が持ち上がったことで、一夜にして莫大な資産を手にした大勢の土地成金が誕生したのだとか。しかし、残念ながら完成したカジノへのベトナム人入店は認められておらず、彼らは目と鼻の先にあるカンボジアのカジノまで足を運んだ結果、瞬く間に手にした資金を使い果たし、挙句借金まで作ってしまい、最後には飛び降り自殺をするものも少なくなかったのだとか。“飛び込み橋”なる名所ができているのも皮肉なことです。
 
人間の心の弱さ、射幸心にあおられ自分を失う自制心のないものが、思いがけない大金を手にすると、坂道を転がるように破滅に向かうものなんだなと、改めて考えさせられた話でした。
 
さて、この島には、絶叫マシンや水族館、プール、ウオータースライダー、ゴルフ場、サファリパークなどなど様々なアクティビティがそろっています。お金と時間さえあれば、遊ぶに困ることのない魅力的なリゾート地ですので、興味のある方はぜひ一度訪れてみてください。
 
15日(木)。朝7時55分、一路ホーチミンへ。
ホーチミンでは、まず戦争博物館へ立ち寄りました。ここには、ベトナム戦争を中心とする多くの資料が展示されており、戦争で実際に使用された武器や弾薬、戦闘機や戦車などを見ることができます。
また、日本でもよく知られた“ベトちゃんドクちゃん”の記録をはじめ、アメリカ軍によって投下された枯葉剤が、人体に及ぼした影響や戦地の様子を残した写真や遺品も公開されています。アメリカからの訪問者も多く、毎年100万人近い入館者がいるそうです。
改めて戦争の恐ろしさ、虚しさ、命の尊さ、平和の大切さを考えさせられる意義のある訪問でした。

次に訪れたのは「クチトンネル」。
ベトナム戦争時のベトコンの地下施設です。まるで蜘蛛の巣のように縦横に張り巡らされたトンネルは全長250㎞以上。低く細いトンネル内部を、少しの区間できすが歩くこともでき、今では、毎年国内外から約100万人以上が訪れるという観光地のようになっています。ですが、決して、単に観光地として見て終わるのではなく、改めて戦争について深く考える場所であってほしいと思っています。
 
その後、ベトナムの伝統衣装である“アオザイ”の試着体験をしたのち、夜には「サイゴンオペラハウス」にて“AOショー”を鑑賞しました。
20名ほどの若者による、ベトナム伝統の生活の様子を舞踏で表現したショーで、圧巻のパフォーマンスが満席の観客を魅了しました。
 
翌16日(金)ベトナム旅行最終日。
展望台から、発展途上にあるベトナムの夜景を鑑賞し、ベトナム最後の夜を満喫しました。
 
メコン川流域に発達してきたベトナムは、総じて湿地帯にあり、雨季には激しい雨が降りますが、排水整備や道路舗装が整っておらず、道路冠水は珍しくありません。それでも、先般訪問した、インド・ムンバイに比べると近代的な高層ビルが立ち並び、数年前に訪れたときと比べかなり発展した様子に驚きました。一方で、その発展から取り残された人々もおり、貧富の差が広がりつつあると感じたのも事実ですが、行く先々で目にした、ベトナムの方々の真面目でていねいな仕事ぶりにはとても感心しましました。
現在、日本の多くの企業でも、大勢のベトナム人が日本経済を支える人材として活躍してくれていることに感謝しつつ、今後のベトナムのさらなる発展を願ってホーチミンを後にしました。
 

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はたようじ 波多洋治

はたようじ 波多洋治

自由民主党公認岡山県会議員

昭和18年9月14日 島根県隠岐島生れ

住所/岡山県岡山市北区白石65-3

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