熱血先生はたようじ 波多洋治 BLOG

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2016年12月20日 金婚式を迎えて =波乱万丈の半生記=  波乱万丈その四

宇野小から芳田小(4年間)へ。そして鹿田小(9年間)へ。
当時、私は岡山商科大学空手道部の師範をしており、木曜日の夜に、鹿田小の体育館をお借りして、教え子達と空手道の稽古をしておりました。

 スポーツ少年団の活動が大変盛んな学校であり、そのためしばしば体育館使用不可の状況が起こり、「いつでも好きな時に練習のできる道場が欲しいなぁ」という思いを、何としても実現したいなぁと決意して、銀行から借金をして(銀行には教え子がいた)、日本一の空手道場建設を目指して、昭和61年1月から設計着手(建築士に教え子がいた)、4月工事開始、併行して協賛金募集、秋から新規道場生募集、そして遂に12月14日完成!

 前夜、道場の真ん中で、大の字になって寝た。空手道に志した男のロマン、実現の瞬間であった。

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2016年12月19日 金婚式を迎えて =波乱万丈の半生記=  波乱万丈その三

宇野小学校6年目のある春、ある一流の大手建築会社から、「課長待遇、年収現行給与の2倍」の条件を提示され、三顧の礼を以て転職を奨められたのであります。大学の後輩が、不肖私を推薦し、支店長、営業部長、経理部長と後輩の4名が、しばしば自宅まで足を運んで下さり、企業の将来性や待遇向上について、説得し続けるものですから、逡巡することおよそ1年、丁重にお断りを申し上げました。

その経過の中で、教師道とは何か。教師の生き様はどうか。金儲けに代わる価値とは何か。教師が築く財産とは何か。等々を学ぶことができました。経済界の風雪に耐えながら、なお夢に向かって格闘し続ける民間企業の厳しさや、建築という形ある物を後世に残すやり甲斐がある、と言う語らいの中で、いよいよ教師としての思想堅固にすることができた体験であったと痛感しました。この経験は、飢えた旅人への水のように、以後の学級経営に大いに役立ったのであります。

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2016年12月18日 金婚式を迎えて =波乱万丈の半生記=  波乱万丈その二

2年間の小学校の後、岡山市立宇野小学校に転勤することになりました。3年生の担任、青春真っ只中の、教育技術などとはほど遠い、体ごとのぶつかり合い、よく遊び、よく学びの6年間でありました。

宇野小学校には、尊敬する岡大空手道部の先輩がいて、教師道について教えていただきました。校長さんは、私が教育実習の時に教えていただいた先生でした。いつも温かく、親爺のような思いやりに溢れ、誤りや行き過ぎには諭すが如く教えていただきました。また教頭さんは、体育への情熱熱く、子供達をいつの間にか、その気にさせて、子供達を燃やしていく術を学びました。よき師とよき先輩に恵まれ、まるでお釈迦様の手のひらで踊るが如く、舞うが如く、自由闊達・自由奔放に教師生活を過ごすことが出来ました。


宇野小2年目の2月7日の夜の事でした。当時は宿直と言う制度があり、私の当番の夜のことです。岡大空手道部の先輩達4人が宿直室に集まり、この年の初めに開設した宇野空手道少年団の団員達の名簿作成に取り組んでおりました。
深夜零時を過ぎた時、突然けたたましいサイレンの音に宿直室を飛び出したところ、職員室が火の海でありました。職員室には、学校にとって最も大切な指導要録などの重要書類があります。私は火の海に飛び込んだのであります。その時先輩達に、「はたぁ! やめろぅ!」と羽交い締めにあって、何も出来ず、ついに管理棟は全焼に及びました。私達は、ただ茫然と真冬の夜に燃える火の海を眺め、立ちすくんでいたのであります。1人の先輩が、ぽつねんと、「これで飛ばされるな」とつぶやきました。

当夜の宿直員であった私は、パジャマ姿のまま西警察署に連行されたのであります。事情聴取を受けた後、取調室で休んでいると、突然1人の若い新聞記者が入ってきて質問をしてきました。「ストーブの火は?」「確実に消しました!」・・・何と、翌朝の社会面のトップ記事に校舎の燃え盛る写真と共に、私のコメントは、「消したと思うが・・・」となっていたのであります。私は、自信を以て確実に消したと答えたにもかかわらず・・・「報道」がいかにいい加減かを体験的に学んだ時であります。

翌日、火災跡地の現場検証に立ちあいました。プレハブの教室の窓から、クラスの子供たちが顔を出して、大きな声で、「せんせいぃ! せんせいぃ!」と呼びかける声は今も耳の奥に残っています。それからクラスの父兄達の私を守るための、凄まじい戦いが繰り広げられました。
教育委員会に対し、学校に対し、地元の市会議員に対し、まるで我が子を守る母のように、両手を広げて立ち向かってくれたのです。その結果、まさにあの火災のさ中につぶやいた「これで飛ばされる」と言うこともなく、いささかの人事の差別を受けることもなく、まったくの平常心で職務に精励することができました。

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はたようじ 波多洋治

はたようじ 波多洋治

自由民主党公認岡山県会議員

昭和18年9月14日 島根県隠岐島生れ

住所/岡山県岡山市北区白石65-3

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