2015年12月14日 今年一年を振り返って
今年もはや2週間で終わろうとしております。この一年、皆様にはどんな年であったでしょうか。
今年4月に行なわれた県議選では、皆様にあたたかいお力添えをいただきありがとうございました。まず、御礼を申し上げます。
一年を振り返ってみますと、私にとりましては、何といっても空手道がオリンピック種目に選ばれたことは大変な喜びであります。母は、「洋治はお腹の中にいる時から腹を蹴っていた」と言っていましたので、私は生まれる前から空手をしていたのではないかと思っています。
私は、ここ40年から50年、世界のいろいろな国をまわりながら空手道の発展に汗をかいてきました。空手がやっとオリンピック舞台に上がることができます。やっと長い間の念願がかなった、そんな思いであります。
今年一番の懸念はと申しますと、ヨーロッパのみならず世界を震撼させた、フランス・パリで起こった連続同時多発テロです。相手国といっても国がありませんから、和平の交渉は非常に困難です。かといってテロリストを全滅させることは、もっと困難な話でしょう。
この問題の解決をどのようにしたらいいのかと、世界の人が集まってもなかなか答えが得られない難しい状況にあります。
本来なら、ともにテロ撲滅のために、全ての国が手を携えて当たらなければなりません。しかし、ロシアとトルコが領空侵犯問題で争っているという状況下でテロリストを撲滅するということは、非常に困難であり世界的な課題です。
かつて日本からもテロリストが誕生しました。福田赳夫内閣の時の、ダッカハイジャック事件をご記憶かと思います。生命は地球より重いと、6人の凶悪犯を釈放し600万ドルの身代金をつけ、我が国のパスポートを持たせて国外に放ちました。当時赤軍派と呼ばれていたテロリストは、テルアビブ空港において乱射事件を起こし、たくさんの無垢な市民を殺すことになりました。
その数年前、ミュンヘンのオリンピックの時にイスラエルのオリンピック選手が殺害される事件がありました。時のゴルダ・メイア首相は、神の怒り作戦を発動し、5年間かけてテロリストを全滅させました。以来、イスラエルの人がテロのターゲットとなることはありません。
自分の国の安全と平和は自分の国で守る。その原点をしっかりと見据えながら、なお世界の平和を愛し、諸国皆手を携えてテロを許さないというふうに立ち向かっていかなければ、今年起こったテロの問題も解決することができないでしょう。
問題の背景には、宗教上の争いや対立があるという見方がありますが、私はそれは当たってはいないのではないかと思います。むしろ、この地球上から貧困を追放するということで、世界がきちんとした政策を打ち出していかないと難しいのではないでしょうか。人を殺してもいいという宗教はないのではないかと思うのです。それはもはや、宗教ではないでしょう。
人間の尊厳から考えますと、守りたいもの、守るべきものを、他国から侵害された時に人は怒るのでありましょう。同じ民族が同じ宗教を持ち、同じ領土を持って国家を形成するというごく基本的なナショナリズムが侵害された時、民族の名誉や誇りをかけて守るべきもののために、銃を持つということは当然ありうるのかなあと思えます。
彼らの守るべきものはなんなのか、その守るべきものに対して世界の国々が理解をしどう協調していくのか、そういう話し合いが国連という舞台でなされなければ、国連、国際連合とは名ばかりとなるのではないでしょうか。このテロの問題になんら立ち向かっていくことができないならば、国際連合の在り方を今一度考えなければならないのではないでしょうか。
国内に目を転じますと、アベノミクス三本の矢の第二弾ですけれども、一億国民が安心して生活をし、活躍できるそういう国家を作るために「一億総活躍推進室」が発足しました。担当大臣として加藤勝信大臣の就任は、本県にとっては11年ぶりの大臣誕生の慶事であり、これからの活躍がまことに楽しみであります。
人口減社会の中で、生涯出生率の目標を1.8に引き上げ、また、介護離職ゼロを目標にあげたアベノミクスの矢は、必ず成功させなければいけないという思いです。
一年間は、1歳の赤ちゃんにとって一年は全人生であるといえますけれども、私にとっては1/72年であります。一年が短く感じられるのは、まことに残念なことです。昨日も同じ、今日も同じ、明日も同じでは、生活に変化がなく振り返ってみれば何も残らない、あっという間の 一年となってしまいます。なるべくオーバーラップをする部分をなくし、新しい体験や経験、新しい感動を積み重ねていく一年でありたいと思います。
皆様も、新しいことにチャレンジする一年をお過ごしくださり、ますますのご発展をお祈り申し上げます。
今年4月に行なわれた県議選では、皆様にあたたかいお力添えをいただきありがとうございました。まず、御礼を申し上げます。
一年を振り返ってみますと、私にとりましては、何といっても空手道がオリンピック種目に選ばれたことは大変な喜びであります。母は、「洋治はお腹の中にいる時から腹を蹴っていた」と言っていましたので、私は生まれる前から空手をしていたのではないかと思っています。
私は、ここ40年から50年、世界のいろいろな国をまわりながら空手道の発展に汗をかいてきました。空手がやっとオリンピック舞台に上がることができます。やっと長い間の念願がかなった、そんな思いであります。
今年一番の懸念はと申しますと、ヨーロッパのみならず世界を震撼させた、フランス・パリで起こった連続同時多発テロです。相手国といっても国がありませんから、和平の交渉は非常に困難です。かといってテロリストを全滅させることは、もっと困難な話でしょう。
この問題の解決をどのようにしたらいいのかと、世界の人が集まってもなかなか答えが得られない難しい状況にあります。
本来なら、ともにテロ撲滅のために、全ての国が手を携えて当たらなければなりません。しかし、ロシアとトルコが領空侵犯問題で争っているという状況下でテロリストを撲滅するということは、非常に困難であり世界的な課題です。
かつて日本からもテロリストが誕生しました。福田赳夫内閣の時の、ダッカハイジャック事件をご記憶かと思います。生命は地球より重いと、6人の凶悪犯を釈放し600万ドルの身代金をつけ、我が国のパスポートを持たせて国外に放ちました。当時赤軍派と呼ばれていたテロリストは、テルアビブ空港において乱射事件を起こし、たくさんの無垢な市民を殺すことになりました。
その数年前、ミュンヘンのオリンピックの時にイスラエルのオリンピック選手が殺害される事件がありました。時のゴルダ・メイア首相は、神の怒り作戦を発動し、5年間かけてテロリストを全滅させました。以来、イスラエルの人がテロのターゲットとなることはありません。
自分の国の安全と平和は自分の国で守る。その原点をしっかりと見据えながら、なお世界の平和を愛し、諸国皆手を携えてテロを許さないというふうに立ち向かっていかなければ、今年起こったテロの問題も解決することができないでしょう。
問題の背景には、宗教上の争いや対立があるという見方がありますが、私はそれは当たってはいないのではないかと思います。むしろ、この地球上から貧困を追放するということで、世界がきちんとした政策を打ち出していかないと難しいのではないでしょうか。人を殺してもいいという宗教はないのではないかと思うのです。それはもはや、宗教ではないでしょう。
人間の尊厳から考えますと、守りたいもの、守るべきものを、他国から侵害された時に人は怒るのでありましょう。同じ民族が同じ宗教を持ち、同じ領土を持って国家を形成するというごく基本的なナショナリズムが侵害された時、民族の名誉や誇りをかけて守るべきもののために、銃を持つということは当然ありうるのかなあと思えます。
彼らの守るべきものはなんなのか、その守るべきものに対して世界の国々が理解をしどう協調していくのか、そういう話し合いが国連という舞台でなされなければ、国連、国際連合とは名ばかりとなるのではないでしょうか。このテロの問題になんら立ち向かっていくことができないならば、国際連合の在り方を今一度考えなければならないのではないでしょうか。
国内に目を転じますと、アベノミクス三本の矢の第二弾ですけれども、一億国民が安心して生活をし、活躍できるそういう国家を作るために「一億総活躍推進室」が発足しました。担当大臣として加藤勝信大臣の就任は、本県にとっては11年ぶりの大臣誕生の慶事であり、これからの活躍がまことに楽しみであります。
人口減社会の中で、生涯出生率の目標を1.8に引き上げ、また、介護離職ゼロを目標にあげたアベノミクスの矢は、必ず成功させなければいけないという思いです。
一年間は、1歳の赤ちゃんにとって一年は全人生であるといえますけれども、私にとっては1/72年であります。一年が短く感じられるのは、まことに残念なことです。昨日も同じ、今日も同じ、明日も同じでは、生活に変化がなく振り返ってみれば何も残らない、あっという間の 一年となってしまいます。なるべくオーバーラップをする部分をなくし、新しい体験や経験、新しい感動を積み重ねていく一年でありたいと思います。
皆様も、新しいことにチャレンジする一年をお過ごしくださり、ますますのご発展をお祈り申し上げます。
- |徒然
岡山県の活性化のために一人でも多くの方とふれあい、たくさんのご意見をお聞きしたいと思います。