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2017/06/02 【徒然】
「幸せ」の原点とは
2017/05/07 【徒然】
我、日に三省する
2017/05/02 【徒然】
夢を持って頑張るということ

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2017年06月02日 「幸せ」の原点とは

以前、幸福度調査でブータンのことが話題になりましたね。経済的な富の豊かさゆえに幸福度が高いのではなく、心の満足度のようなものが大切にされておりました。そういう意味では、日本人も昔から心の豊かさを求めてきました。

ところが戦後、アメリカナイズされてものの考え方がどんどん変わり、心の豊かさではなく、物欲、物や金の豊かさの方向に走り出しました。それが高度経済成長を支えた要因でもありますけれども、物と金が日本を支配していくようになりました。


アメリカは「個」が中心の社会です。まず、自分の生活をきちんと確立させる、結婚して家庭を持ち、家庭・子育てをきちんと確立する。そこが満足いった段階で、そして、こぼれる余剰の財があれば財を、時間があれば時間を、パワーがあればパワーをということで、ボランティアというものが成り立っております。

しかし、日本は違うのです。かつて、フランシスコ・ザビエルが日本に来た時、彼はとても感動しました。「日本人は武士たると町人たるとを問わず、全て貧しい」「貧しいけれども、貧しいということを恥だと思っている人は誰もいない」。サビエルはスペインの国王フィリップ2世に宛てた手紙に、このように書きました。日本の国が一番荒れていた、応仁の乱の時代です。

日本人は、「一人ひとりの心が、幸せを決める」という思想があります。「上をみればきりがない、下をみればきりがない」という言葉がありますが、どこの尺度でみるのか。自分の「ほど」、「これでいい」と思ったらいいのです。本当は貧しいのだけれども、もっと貧しい人がいると思ったら、そこに「ほど」をこす、「施し」をする。そういう民族なのであります。


今後、日本はもっとアメリカナイズされていくでしょう。物と金が一つの豊かさであったり、その豊かさが幸福の象徴であったり、ますます、そういうことになっていくでしょう。しかし、人間は欲望を求めていったらきりがありません。富を追い求めていったらきりがありません。

幸せは自分の心が決めるのです。心の豊かさを求めるというのは、日本人の幸せの原点です。どういう時代になろうとも、自分の「ほど」を知る。「ほど」を越えるものは、「どうぞ」といって施しをする。それが大切なのではないかなあと、思います。

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2017年05月07日 我、日に三省する

今は、一年で一番良い季節ですね。私達、県議会議員も、リフレッシュできる充電期間です。

「我、日に三省する」といいます。「反省」は、通常悪いことをした時にしますが、それだけのためだけではないのかなあと思うことがあります。日常的な楽しみの中に埋没していても、なおかつ冷静に客観的にみる見方のようなものが、どこか必要なのではないか。そういうことのために、「反省」はあるのかなあと思います。


例えば、教育問題。教師時代、私は、教師冥利に尽きる環境からなかなか出られず、安住し溺れていたところもあったように思います。教育の問題というのは、実はもっと広い視野で考えてみたら、真綿に水が染み入るように、じわじわと広がっていくような環境にあったのではなかったろうか。ただ、それに気がつくのが遅かったのかなあ、とも思うのであります。


また、県議会議員という一つの舞台に立ちましたけれども、それも実は遅すぎたのではないかと思うこともあります。
選挙のたび、議員は支援者の皆さまの支援をいただいて、議員という立場に立って、そして県政改革、議会改革に挑戦していきます。期を重ねるという意味では、この年になってまだ4期です。5期、6期、7期という議員がいて、同じことを言っても発言力の重さというものがあるのです。

もし私が30代の時に、そういう重さに気がついて、努力精進して政治家になっていたら。10年前に気がついて、県議会議員に挑戦していたら。同じ73という年齢であっても、発言力が全然違っているのだろうなあと思のであります。そういう意味では、反省が足りなかったなと思う時があるのです。


そして、国というレベルで政治を考えた時。責任の大きさを比べたら、県政は吹けば飛ぶような状態であります。何かしようと、何か政策を打ち出してやろうと思っても、県政でできる範囲はたかだか知れています。そういう意味では、もっと早くに国政を考えるべきだったのかなと思うこともあります。


ですから、楽しいことで充実している時にこそ、一歩離れて、冷静かつ客観的に、その環境を見るような見方が必要なのではないでしょうか。「我、日に三省する」。そのような意味が、実はそこにあるのかもしれません。

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2017年05月02日 夢を持って頑張るということ

先日、後輩たちと一緒に楽しく飲みました。大変楽しかったのですが、「将来に向けて、根っこを広げて幹を太くし、大きな花を咲かせる」というような、夢や希望を語るよりは、「面白かったね、楽しかったね、あの時はこうだったね」と、過去の話しか出てきません。昔話に花を咲かせていては、もう人生終わっているんじゃないのかなと、そういう寂しさがありました。


人は、生まれた時から死に向かって歩んでいくわけであります。ですが、たどり着く死がいつ訪れるか全く分かりません。70歳で死ぬ人、80歳、90歳で死ぬ人、100歳で死ぬ人、一方で、若くして死ぬ人もおります。

そうだとしたら、「年齢」は、あまり関係ないのではないでしょうか。その人の行動力や意志の強さ、その人の努力精進というのは、「年だからもうダメです」というのではなく、20代が持っている可能性も、30代が持っている可能性も、70代持っている可能性もある意味では同じではないかという気がするのであります。

吉田松陰は30歳(満29歳)で亡くなっています。10代の時に、彼の言葉で言えば、“十有五”にして志します。15年間で、あれほどのことを成し遂げられるのです。今から15年間、私が頑張ったとしたら。その15年だって、同じ15年であります。
ただその時、自分がそれほどの志をもって努力精進を重ねていけるかどうか、気力・体力という問題もありますけれども。夢を持って頑張るという意味では、20代が持つ夢も、70代の私が持つ夢も、結局はその人次第で、あまり変わりがないのではないかと、思うのであります。


そのようなわけで、先日から夕方に時間を見つけてゴルフの打ちっぱなしの練習をしております。 後輩にゴルフが非常に上手で、シングルでまわる人がおり、大変感化されました。
ゴルフをしながら、高台から緑を見下ろし、花を見ながら山を歩き、それだけで幸せだなあと思ってはおりますが、目標はエイジシューターであります。現在は73歳で、人間の煩悩の数108でまわればいいと思っておりましたが、当然、80歳になるころは80でまわっております。

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はたようじ 波多洋治

はたようじ 波多洋治

自由民主党公認岡山県会議員

昭和18年9月14日 島根県隠岐島生れ

住所/岡山県岡山市北区白石65-3

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