2018年09月06日 9月6日(木) 長い間、ご無沙汰しておりました【県政】
謹啓、長い間ご無沙汰しておりました。
皆様におかれましては、変わりなくご健勝のことと存じます。
豪雨災害後、スケジュールに大幅な変更が生じたことや、県議会の高橋議長が真備で被災されたことを受けての議長代理としての業務、恒例の「至誠館」道場合宿や岡山工業高校空手道部合宿、岡山大学空手道部の合宿など、誠に多忙極まりない毎日でした。
酷暑の夏もいつの間にやら、朝夕秋風を感じる初秋を迎えることとなりました。
間もなく、9月の定例議会が控えており、実りの秋に向け、今一度脇を引き締め取り組んで行かなければと思っております。
さて、多忙で皆様にお伝えできていなかった、7、8月の主な行事をいくつか振り返ってご報告しておきます。
まず最初は、8月8日(水)に開催された岡山県議会主催「中国五県正副議長会」のこと。
会議終了後、広島、山口、鳥取の面々は帰路につかれましたが、島根県議会の2名は残ることになり、共に一献かたむけてまいりました。故郷の島根、隠岐の島の話に花を咲かせた、楽しい夜を過ごしました。
ついで、「中国電力」の役員の方々と県議団の交流会のこと。
「中国電力」は、国のエネルギー方針である“ベストミックス”に基づいて、鹿島原発を推進しています。原発の安全な運転に対する考え、推進に伴うさまざまな問題などについて協議し、有意義な時を過ごしました。
次に、各町内会の恒例夏祭りについて。
県下全域に及ぶ豪雨災害を考慮し、次々と祭りの延期、中止の連絡が届くなか、果敢に祭りの実行に踏み込んだ町内もありました。
祭りを実行した町内に出向き、今後も地域を元気にするために、決して後ろ向きにならず、前向きの姿勢で取り組みを続けてほしい、未来を託す地域の子どもたちに、多くの思い出を与えるとともに、地域活性化の一助にすべく頑張ってほしいとあいさつしてまいりました。
次は、教え子たちとの同窓会のこと。
芳田小学校時代、5、6年の二年間を受け持った「はたご学級」の教え子たちとの40年ぶりの同窓会にいってきました。
小学生だった彼らは既に52歳に。
「たった2年間の出会いでしたが、子ども心に長く心に突き刺さるものがあり、何十年もの時を経て今日に至るまで、自分たちの支えになったことが不思議でした」と、教え子たちからの声が相次ぎ、胸にグッとくるものがありました。
生身の子を育てることの価値、絆の大切さなどを改めて感じ、教師として子どもたちと出会えたことに感謝すると同時に、教師冥利に尽きる思いでした。
それから、岡山大学空手道部の、還暦、古希、傘寿の祝賀会のこと。
岡山大学空手道部の、“還暦、古希、傘寿”を祝う会が開かれ、傘寿を迎えた先輩方をはじめ、古希、還暦を迎えた後輩たちとの楽しい時を過ごしました。
思いかえせば35年前。
当時は、岡山工業高校の教師で、「全国教職員空手道選手権大会」にて初優勝、それ以降13年間連続優勝を果たしました。初優勝の際、開いてもらった祝賀会を“空手道部還暦祝賀会”としたのを機に、今日まで続く行事となりました。次第に、還暦に加え古希、傘寿も
併せて祝う今の形になりました。
最後は「アジア地方議員フォーラム」に参加した時のこと。
日本会議地方議員連盟による、「創立10周年記念」と「アジア地方議員フォーラム」に出席してきました。
会場は「ホテルニューオータニ、国際会議場」。同時通訳イヤホンをつけて参加したフォーラムでは、テーマが“地方再生と災害復興対策”ということもあり、東北大震災や熊本自身などの大災害の体験談をはじめ、大変勉強になるお話をきくことができました。
さて、9月7日は再び東京に参ります。
目的の一つは、国道2号線岡山バイパス渋滞対策促進のため国土交通省に要請にいくこと。もう一つは、東京岡山県人会へ参加するためです。
翌8日には帰岡し、夜には岡山工業高校時代の旧職員会に参加し一献かたむける予定です。同校を退職して早17年。今尚、空手道部を通じての交流も続いており、楽しいひと時となりそうです。
皆様におかれましては、変わりなくご健勝のことと存じます。
豪雨災害後、スケジュールに大幅な変更が生じたことや、県議会の高橋議長が真備で被災されたことを受けての議長代理としての業務、恒例の「至誠館」道場合宿や岡山工業高校空手道部合宿、岡山大学空手道部の合宿など、誠に多忙極まりない毎日でした。
酷暑の夏もいつの間にやら、朝夕秋風を感じる初秋を迎えることとなりました。
間もなく、9月の定例議会が控えており、実りの秋に向け、今一度脇を引き締め取り組んで行かなければと思っております。
さて、多忙で皆様にお伝えできていなかった、7、8月の主な行事をいくつか振り返ってご報告しておきます。
まず最初は、8月8日(水)に開催された岡山県議会主催「中国五県正副議長会」のこと。
会議終了後、広島、山口、鳥取の面々は帰路につかれましたが、島根県議会の2名は残ることになり、共に一献かたむけてまいりました。故郷の島根、隠岐の島の話に花を咲かせた、楽しい夜を過ごしました。
ついで、「中国電力」の役員の方々と県議団の交流会のこと。
「中国電力」は、国のエネルギー方針である“ベストミックス”に基づいて、鹿島原発を推進しています。原発の安全な運転に対する考え、推進に伴うさまざまな問題などについて協議し、有意義な時を過ごしました。
次に、各町内会の恒例夏祭りについて。
県下全域に及ぶ豪雨災害を考慮し、次々と祭りの延期、中止の連絡が届くなか、果敢に祭りの実行に踏み込んだ町内もありました。
祭りを実行した町内に出向き、今後も地域を元気にするために、決して後ろ向きにならず、前向きの姿勢で取り組みを続けてほしい、未来を託す地域の子どもたちに、多くの思い出を与えるとともに、地域活性化の一助にすべく頑張ってほしいとあいさつしてまいりました。
次は、教え子たちとの同窓会のこと。
芳田小学校時代、5、6年の二年間を受け持った「はたご学級」の教え子たちとの40年ぶりの同窓会にいってきました。
小学生だった彼らは既に52歳に。
「たった2年間の出会いでしたが、子ども心に長く心に突き刺さるものがあり、何十年もの時を経て今日に至るまで、自分たちの支えになったことが不思議でした」と、教え子たちからの声が相次ぎ、胸にグッとくるものがありました。
生身の子を育てることの価値、絆の大切さなどを改めて感じ、教師として子どもたちと出会えたことに感謝すると同時に、教師冥利に尽きる思いでした。
それから、岡山大学空手道部の、還暦、古希、傘寿の祝賀会のこと。
岡山大学空手道部の、“還暦、古希、傘寿”を祝う会が開かれ、傘寿を迎えた先輩方をはじめ、古希、還暦を迎えた後輩たちとの楽しい時を過ごしました。
思いかえせば35年前。
当時は、岡山工業高校の教師で、「全国教職員空手道選手権大会」にて初優勝、それ以降13年間連続優勝を果たしました。初優勝の際、開いてもらった祝賀会を“空手道部還暦祝賀会”としたのを機に、今日まで続く行事となりました。次第に、還暦に加え古希、傘寿も
併せて祝う今の形になりました。
最後は「アジア地方議員フォーラム」に参加した時のこと。
日本会議地方議員連盟による、「創立10周年記念」と「アジア地方議員フォーラム」に出席してきました。
会場は「ホテルニューオータニ、国際会議場」。同時通訳イヤホンをつけて参加したフォーラムでは、テーマが“地方再生と災害復興対策”ということもあり、東北大震災や熊本自身などの大災害の体験談をはじめ、大変勉強になるお話をきくことができました。
さて、9月7日は再び東京に参ります。
目的の一つは、国道2号線岡山バイパス渋滞対策促進のため国土交通省に要請にいくこと。もう一つは、東京岡山県人会へ参加するためです。
翌8日には帰岡し、夜には岡山工業高校時代の旧職員会に参加し一献かたむける予定です。同校を退職して早17年。今尚、空手道部を通じての交流も続いており、楽しいひと時となりそうです。
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