熱血先生はたようじ 波多洋治 BLOG

波多洋治(はたようじ)ウェブサイトはこちら

<<記事一覧に戻る

2019年07月04日 7月4日~10日 インド・ムンバイ空手研修【空手道】

4日。岡山空港から羽田を経由して成田空港へ。
この日は『日航ホテル』に宿泊。教え子の得能君と合流して、日本酒を片手に空手談義に花を咲かせたあと、明朝のインド出発に備え早めに就寝しました。
 
現地時間18時。インド・ムンバイ、『チャトラパティ シヴァージー国際空港』に到着。
ムンバイと日本の時差は3時間半、日本では21時半です。空港では、4人の弟子たちが迎えてくれ、我々2人に歓迎の花束を手渡してくれました。
その後、車に乗りムンバイ市街にある宿泊先のホテルへと移動です。
ところが、道の混雑っぷりには凄まじいものがあり、片側3車線の道を6台の車が並走しているありさまです。ほんのわずかな隙間を見つけては、我先にと割り込んでくる車ばかり。交差点には信号もほとんどない、日本では想像もつかないような交通状況にくわえ、外は熱帯モンスーン地帯特有の激しい雨。慣れたものでドライバーは余裕綽々、平然とした表情で運転していましたが、こちらはまさに“命賭け”のドライブ。3時間かけてやっとの思いでホテルにたどり着いたのでした。
 
その日の夕食は、ホテルの地下にあるレストランでとりました。メニューはパンとカレーライス、フルーツの盛り合わせなどでしたが、前回の訪印の際、カレーのスパイスにやられて腹をこわした苦い経験を思い出し、今回はカレーには手をつけず。“君子危うきに近寄らず”です。
 
その後、明日からのスケジュールの打ち合わせを終えたときにはすでに23時。
部屋で、得能君とふたり、成田で購入していたブランデーを取り出して水割りで乾杯して長い一日を終えました。
ちなみに、インドの指導者の方々は誰もお酒を飲みません。
 
翌6日。セミナーの第一日目です。
会場となった、パブリックスクールの体育館に到着するや、数百名の子どもたちが歓迎セレモニーで出迎えてくれました。私もインド式に「ティーカ」と呼ばれる、額に赤い印をつけてもらいお祓いを受け、早速指導開始です。
 
会場が狭いので、約350名の子どもたちを7つのグループに分けて練習することとなりました。「基本」「移動基本」の指導だけでも、7回繰り返すとさすがに疲れます。残念ながら、教え子の得能君は私とは流派が異なるため、交替してもらうわけにもいきません。足首に2㎏の重りをつけての蹴り練習には、内心悲鳴をあげたものの、無事最後までやり遂げました。
 
7日。この日は基本稽古のあと、有段者の段級審査にのぞみました。
黒帯クラスともなるとさすがに社会人も多く、受験者の最年長は66歳。私は彼を初段と判断しましたが、現地指導者から2段を懇請され、渋々2段認定をだしました。
 
今回は、あいにくの豪雨のために参加できなかった子たちが約300名ほどいたそうです。参加した子のなかには、最も基本の「突き」や「受け」すら間違っている子や、帯も締められない子、帯すら巻いていない子など様々でしたが、外の豪雨の音をかき消すほどの気合の入ったいい練習ができました。
 
8日。朝9時、指導者たちとホテルにて待ち合わせ、『アルノダヤパブリックスクール』を訪問しました。
 
到着後、学校関係者たちとしばし談笑したのち、子どもたちを前に空手の講演です。通訳(カビタさん)を通しての講演でしたが、約400名の子たちはみな熱心に耳を傾けてくれました。来年もぜひ講演してほしいとお願いされその場を後にしました。
 
13時。7年前に訪印した際に通訳をつとめてくれた、弁護士のカレ氏がホテルまで会いに来てくれました。カレ氏は、『学芸館高校』の森理事長と交流があり、今年8月28日には、森学園創立60周年の記念式典に出席するために来日予定だとのこと。岡山での近い再会を約束してきました。
 
9日。この日も朝から激しい雨。
ムンバイ最後となるこの日は、滞在先のホテルに指導者たちが次々に訪ねてきてくれて記念撮影を行いました。
その中に、スリランカからわざわざセミナーに参加してくれていた方がいて、ぜひ『至誠館』の支部にしてほしいとの申し出を受けました。12月にはスリランカを訪問することを約束してお別れしました。
 
昼過ぎ、ホテルを出発。噴水、滑り台、滝などを備えた、いくつもプールがある遊園地へ。
激しい雨ということもあって子どもたちの姿はほぼなし。メリーゴーランドや遊具に乗って、ひととき童心にもどって楽しみましたが、途中で設備が壊れるんじゃないだろうかと、終始不安が付きまとっていたのも事実。
 
道路の混雑を考え、早めに空港へ移動。
イミグレーションで、かばんの中に入れてあった電子タバコのパイプと、足首の重りに係員の目がキラリ。電子タバコのパイプには麻薬を、重りには火薬を隠しているのではないかと、疑われたわけです。
説明におよそ1時間。早めに到着していてよかったです。
 
夜20時。日本へ向けて出発。なぜか最初から最後まで揺れ続け、眠ることもままならいフライトでしたが、無事成田に到着。インド・ムンバイの旅を終えました。
 
>>インド研修報告書

<<記事一覧に戻る