熱血先生はたようじ 波多洋治 BLOG

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2019年11月08日 11月8日(金)東京。教え子たちと会食

11月9日(土)に開催される、天皇陛下御即位国民祭典参列のため東京へ。
 
この日は、東京在住の教え子、奥村君と山崎さんの3人で懐かしい思い出話を肴に一献かたむけました。
 
彼らを担任したのは実に48年前。彼らがまだ宇野小学校3年、4年生の時でした。
奥村君は、小学3年生の春に転校してきた生徒で、5年生で再び広島へ転校。わずか2年間だけの出会いでしたが、そこから今日に至るまでずっと、先生と生徒の師弟関係のお付き合いが続いています。彼の結婚式が、東京の『椿山荘』で執り行われた際には仲人まで務めまた間柄です。当時の奥村君は、“おっくん”と慕われるクラスのリーダー的な存在で、勤務先の『伊勢丹』でも、人懐こさとリーダーシップを存分に発揮しているものと思います。
 
一方、山崎さんはというと、典型的な運動オンチのしっかりもののべっぴんさん。
当時の“はた学級”では、朝はマラソン、昼はたて笛、夜は学習というスタイルを徹底していたのですが、たて笛でも学習でもすばらしい能力を発揮していた彼女が、朝のマラソンに関してだけは、よく愚痴を漏らしていたものです。
 
そんな彼らがいたクラスで、当時取り組んでいたのが「心のノート」です。
“Aノート”と“Bノート”と名付けた2冊のノートを、毎日交互に生徒と交換する、いわゆる“交換日記”のようなもの。遠足や運動会など、特別な日ではなく、日常の暮らしを日記にすることは思った以上に大変なことです。それでも、毎日日記を書くことで、“文章を書く目“が培われていき、慣れれば自然と、日常の中にも新しい発見があることに気付けるようになるものです。
彼らの日記と、赤ペンで書かれた私からの日々のコメントで埋まった“ABノート”は、多い子で、2年間で200冊も積み重なりました。
 
子ども時代に“いかに夢や希望を持たせてやれるか”が、教師の使命だと信じています。
同じクラスで過ごす時間はわずか1年か2年。長い人生においては、振り子がふれるほんの一瞬の時でしかありません。そこでの出会いが竹馬の友として一生続いていく、そんな素晴らしい時間をいかに創造できるかが、教師の使命であり、喜びだと思っています。
 

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