熱血先生はたようじ 波多洋治 BLOG

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2018年09月16日 9月16日(日)  岡山市空手道選手権大会にてあいさつ

「六番川水の公園体育館」にて岡山市空手道選手権大会が開かれ、あいさつをしてまいりました。この大会の参加者は小学校1年生~中学校3年生まで。実は、この様な時のあいさつが一番難しいのです。

というのも、私はかつて教員時代に何度も小学校一年生を担任した経験をしているのですが、子どもたちに靴の並べ方を指導していた時のことです。正しい靴の並べ方を子どもたちに分かるように説明したあと、きちんと出来ているか点検しながら、子たちに「合格!」と声をかけながら回っていると、「せんせい、合格ってなあに?」と、聞かれて唖然としたことがあるからです。一年生の子に言葉を通して理解させることが、いかに難しいか痛感した出来事でした。

この日のあいさつでも、一年生の子に分かる言葉使いと内容を心掛けて行ったのですが、高学年の子には物足りないあいさつだったのでは、と思っていたところ、体育館の廊下で数人のご父兄の方から「先生のお話は、よーわかったわぁ」と声を掛けていただき、ほっとしました。
 

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2018年09月15日 9月15日(土)  岡大空手道部理事会&誕生祝い

岡山大学空手道部の理事会がいつもの「だぼ」で開かれました。
会終了後、集まったOBたちが二次会で私の誕生日を祝ってくれました。14日、15日の二日間、誕生日に明け暮れた楽しい時間を過ごしました。
 

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2018年09月14日 9月14日(金)  75歳“半寿”を迎えました!

9月14日は私の誕生日。私は勝手に自分で自分を祝う会を作っています。
60歳は還暦、70歳は古希、77歳は喜寿、80歳は傘寿、88歳が米寿、90歳は卒寿、そして99歳が白寿の祝いだとされていますが、私はこれに“半寿”を加えてもいいのでは、と思っています。例えば、80歳まで生きる人は40歳を、100歳ならば50歳を、それぞれ人生半ばを祝う年が“半寿”です。それでいくと、150歳まで生きる私にとっては、75歳の今年は、まさにその“半寿”の祝い年。今やっと人生の半ばに辿り着いたという思いです。
 
さて、私の計画では今から120歳くらいまではスケジュールもいっぱい。あまり仕事の予定を入れている隙はありません。
 
まず、80歳くらいまでは、議員として県政発展に向け汗を流すつもりです!
 
その後、90歳くらいまでは、家内と一緒に世界各国を歩く予定になっています。
そのころの活動拠点はオーストラリアのケアンズに移すつもりなので、家内にはそれまでに英会話をマスターしておいてもらうようにお願いしてあります。
 
90~100歳くらいまでは、日本に戻り、北は北海道から南は沖縄、与那国まで歩く予定。
“歩く”といっても車移動の旅ですが…。
全国各地の空手道場を訪問し、空手道に励む子どもたちに会い、頭を撫で手を握り激励のメッセージを届けてまわる予定です。
 
100歳からは、今までしたくても出来なかった2つのことに取り組む予定です。
ひとつは“和歌の道”(敷島の道)で、もうひとつは“書の道”(書道)です。

そして110歳を超すころからは、若い人たちに向け、人生の体験談、恋愛物語、冒険物語などを書くつもりでいます。
120歳までは誠に忙しくなりそうです(笑)。
 
75歳の誕生日に当たり、残り75年の人生に思いを巡らせ「よし、やるぞ!」と、拳を握ったところです。
どうぞこれからも、変わらぬご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。
 

“半寿”を祝ったこの日、朝からゴルフコンペに参加していました。
私の普段のスコアは、大抵は人の煩悩の数と同じなんですが、この日割り振られたロッカーのナンバーは104。この日のスコアを暗示するような数字ではありませんか! この日誕生日の私に天からの祝いということで、いつもより良い104が出るに違いないと意気揚々とプレーした結果、なんと予想をさらに上回る102がでました!
来たる10月27日にも、コンペが予定されています。その日は、きっと初の100を割って90点台が出るのではと心躍らせています!
 
夜には、親しい友人たちが誕生日を祝ってくれ、立派な花束までプレゼントされて、感謝、感謝の一日となりました。
 

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はたようじ 波多洋治

はたようじ 波多洋治

自由民主党公認岡山県会議員

昭和18年9月14日 島根県隠岐島生れ

住所/岡山県岡山市北区白石65-3

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