熱血先生はたようじ 波多洋治 BLOG

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2020年01月27日 1月27日(月)年末年始のご報告 その2

前回に引き続き、今回も年末年始のご報告の続きをいくつかしてまいります。
 
<新春グランドゴルフ大会>
1月6日(月)は、神道山近くの『吉備中山スポーツ広場』にて、陵南学区老人クラブの「新春グランドゴルフ大会」がありました。
総勢70名ほどの参加者が、寒さをものともせず懸命にプレーに興じておられました。
私も、年齢からすれば会員としてプレーする側ですが、挨拶に立たせていただき「これからも、いつまでも変わることなく元気で仲良くグランドゴルフを楽しんでください」と激励の言葉を述べてきました。
 
<清談会新年互礼会>
1月7日(火)。
毎月1日に、護国神社・いさお会館で開かれている「清談会」の新年互礼会に出席してきました。
この会は毎月当番制で幹事が変わり、その月の幹事が議論のテーマを決定します。ここでの発言には一切責任を負う必要はない会なので、だれもが自由闊達に討論する、まさに“言いたい放題”の会ですが、世事万端に興味関心をもって情報を整理していないことには、他者を納得させるだけの意見を展開することはできません。
竹島や北方領土、尖閣諸島の問題、北朝鮮や日米安保など、さまざまな議題が取り上げられますが、たいていの場合、憲法改正の問題で終結します。
今後も将来を憂いうる元気な会であってほしいと思っています。
 
<新春講演会&私学団体互礼会>
倉敷市庄にある公民館で、新春の講演会を行ってきました。
これは、自衛隊OBである、老人会会長の菱川さんから依頼されたもので、昨年夏のインド、年末のスリランカ訪問の話を交え、1494年スペインとポルトガルで交わされた「トルデシリャス条約」について世界史における近代史をわかりやすく説明しました。
講演会後に菱川さんから、とても興味深く緊張感のある面白い話だったとのうれしいお言葉をいただきました。
 
夕方からは、『メルパルク岡山』にて私学団体の新年互礼会がありました。
県内の幼稚園、小学校、中学校、高校と私学責任者と自民党県議団との恒例の交流会行事です。
岡山県は、年間110億円の助成金を出して私学振興を支援していますが、どの学校でも校舎の建て替え、教師の待遇改善など諸問題解決にはまだまだ資金が不足しているのが現状なのだとか。今後も県の教育振興のためできる限りの応援をしたいと思っています。
 
<3つのホテルで新年会>
1月11日(土)。
『プラザホテル』にて開かれた、石井まさひろ参議院議員の新年会に出席しました。
この日は、韓国民団の「賀詞交歓会」も予定されていたので、一時間ほどで失礼して『ロイヤルホテル』へ駆けつけました。
さらに、午後6時半からは「十一クラブ」の新年総会及び懇親会のため『アークホテル』へ。途中どのホテルにいるのわからくなるような一日でした。
 
<空手道連盟創立50周年記念祝賀会>
1月12日(日)。
『ロイヤルホテル』にて、岡山県空手道連盟創立50周年記念祝賀会が催されました。
今回は、私の「生涯スポーツ功労者」として文部科学大臣から表彰を受けたことに対する祝賀会も併せた会となっており、祝辞を賜った伊原木知事、蓮岡県議会議長のお二人をはじめ、国会議員の逢沢先生、山下先生、県議会副議長の小倉先生、千田先生、小田春人先生、小田圭一先生、福島先生、市村先生、清水先生、田野先生、古武道連盟や武術太極拳連盟の方々など数多くの方々にご出席いただきました。
会のなかで、逢沢先生と山下先生に、長年に渡る空手道連盟への支援への感謝の気持ちを込めた“空手道名誉三段位”を授与させていただきました。
 
<鏡開き式&町内会新年会&公明党新春の集い>
1月13日(月)。
『岡山武道館』で鏡開き式が行われました。
7日間に及ぶ寒稽古を締めくくる式で、柔道、剣道、弓道、居合道、空手道各武道の演武も披露された盛大な式典となりました。
 
昼からは、野々口町内会の新年会へ参加し年頭のあいさつをしてまいりました。
その後、公明党の新春の集いに出席のため『プラザホテル』へ。
公明党の方々の活力あるあいさつを受け、自民党もさらに頑張らねばと、改めて意を強くしました。
 
 
<駅前にて街頭演説>
1月14日(火)。
JR岡山前『ビックカメラ』の前に立ち、街頭演説を行ってきました。
「ご通行中のみなさん」と声を張り、尖閣諸島問題を訴えかけましたが、誰一人立ち止まるではなく、大変淋しい思いがいたしました。
尖閣諸島は今まさに侵略の危機にさらされています。日本固有の領土をこれからもまもるり抜いていくためには、さらなる県民意識の改革が大切だと痛感しました。今後も粘り強く活動していくつもりです。
また、この問題に関して、署名活動をはじめ地道な活動に取り組んでいる「がんばれ日本」の関係者の方々の努力には頭が下がる思いがしました。
 
<総務委員会>
1月15日(水)。
今年初となる総務委員会が開かれました。
補正予算と令和2年度当初予算論議の前哨戦です。2月7日に行われる、予算総括協議会に向け、しばらく予算に関しての論議が続きます。
会議終了後は、松島県議会議員のご母堂の訃報が入り旧柵原町へ。お悔やみを申し上げてきました。
 
夕刻6時。市内に戻って総務委員会の懇親会へ。
中締めの挨拶にたち、
「許認可に関する権限を持つ行政は、法や条例、財政に基づき判断を行っています。
“出来ないことは出来ない”と冷淡な対応も少なくありませんが、“出来ないこと”をどうしたら出来るようになるか、情をもって対応に当たることも大切なのではないかと思っています。冷淡な対応はある種公正な対応といえるのかもしれませんが、そこから信頼は生まれてくるでしょうか。愛と情熱をもった対応が望まれます」。と、行政に関する思いの一端を申し上げました。
 

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2020年01月23日 1月23日(木)新年のご挨拶と年末年始のご報告

多忙につき、長い間ご無沙汰しておりました。
既に1月も終わりに近づきましたが、改めて新年のお慶びを申し上げます。
本年も変わらぬご指導、ご鞭撻を賜りますようよろしくお願い申し上げます。
 
さて、昨年末はスリランカへ空手指導に行っておりました。帰国後は忘年会やら新年会やらとにぎやかな日々を送っておりました。
令和2年最初となるブログは、そのあたりのご報告からはじめたいと思います。
 
<県政報告会>
12月22日(日)。毎年恒例、はたようじ後援会県政報告会及び忘年会を『岡山ロイヤルホテル』にて開催。衆議院議員の逢沢先生、山下先生をはじめ、蓮岡県議会議長、伊藤前県議会議長など、約300名のご参加を賜りました。
シンガーソングターの吉永拓未さんや、フォークシンガーのさだまさかさんにもご出演いただき、素晴らしい歌で会場を盛り上げていただきました。
 
<スリランカ空手指導>
12月23日(月)スリランカ訪問に向け東京へ。
この日は『日航ホテル』にて前泊。翌24日(火)、午前11時20分発の直行便でスリランカへ。直行便と言えども、現地到着までの飛行時間は約10時間の長旅です。

気温30度のスリランカ。現地空港に降り立った途端、長袖メリヤスシャツを着ていた体からは滝のような汗が。
出迎えてくれた、マヒンダさんとスランガさんとともに、スリランカ第2の都市キャンディを目指して出発です。
車に揺られること3時間半。キャンディ市内にあるホテルに到着。明日からのセミナーについて打ち合わせを終え、眠りについたのは日本時間の深夜3時。長い長いクリスマスイブの一日となりました。
 
25日は、空手セミナー初日です。
公民館のような道場には、およそ70名の子どもたちが集結していましたが、これはこの地で空手を習っている子どもたちのごくごく一部です。
集まった子どもたちは、基本の「突き」や「蹴り」を熱心に練習しています。
空手は特別な道具が必要ない、己の体一つで鍛錬できるスポーツ。貧しい環境の子でも気軽にできるとあって、ここスリランカでも人気です。
しかし残念ながら、指導者が不足しているのが現状です。
かつて、何人もの諸先輩方が指導に訪れたものの再訪することはありませんでした。
そのせいもあってか、形を演武させると、間違った形で覚えてる子が多くいます。誤った形を何万回練習しても無意味です。今回の訪問は、それらの間違いを正すための訪問でもありました。
 
昨年夏のインド訪問もそうでしたが、両国ともに決して豊かな国ではありません。廃止されたとはいえ身分制度の名残りもあります。そんな厳しい環境のなか、子どもたちは目を輝かせ、喜々として練習に励んでいます。今、空手を習っている子どもたちが、10年、20年先、この国を変えるような有能な人材に育ってほしいと願ってやみません。
この子たちに、空手道の精神が宿り生きる力へとつながってきてくれることが本望です。
 
折しも、今年2020年東京オリンピックでは空手道が正式種目に採用され、ヨーロッパをはじめ、世界中から注目を集めています。空手指導にあたるものとして何か貢献できればと思っています。
 
<セミナー2日目>
セミナー2日目の26日。スリランカ初の「至誠館杯空手道選手権大会」を開催しました。
参加者1300名超。形と組手で競い、表彰された子には“第1回至誠館杯”と刻印された盾が贈呈されました。

会場には、初回大会の噂を聞きつけた南インドからの指導者も見学に駆けつけ熱心に見入っていました。帰りの際には、ぜひ南インドにも指導に来てほしい、門下生にしてほしいとの申し出を受けました。
空手指導を求めている国はたくさんあります。ですが、一度だけの訪問でなく、継続が必要だと考えている私としては、さらなる訪問先を増やすことを安易に了承することはできません。今後どれだけの気力、体力が残っているかもじっくり考えなければ…。よって、今回の申し出は一晩考えて答えは一旦保留としました。
 
<元旦の出来事>
令和2年1月1日(水)。
朝4時起床で、5時からの朝起き会に参加しました。
その後、神道山から初日の出を遥拝し本殿を参拝。国家興隆と世界平和を祈願してきました。
 
11時からは我が家の新年会。
子や孫たち総勢12名が集まり、お屠蘇におせち、お雑煮を食べて新年のスタートを祝いました。
ひと昔前、数え年を使っていた頃であれば、元旦というのは家族全員が一つ年をとる、民族の誕生日を祝う日でもありました。今日では、そのような色合いは薄れてしまい、一抹の淋しさも感じます。
 
昼からは、町の鎮守である「白石八幡宮」の総代をはじめ、町内会、子供会役員たちが集っての新年会へ参加。その後15時からは、鹿田小時代の教え子たちが我が家に集まり49回目となる新年同窓会で大いに盛り上がりました。
 
<芳田小教え子、岡工教え子新年同窓会>
2日には芳田小時代の、3日には岡山工業高校時代の教え子たちとの新年同窓会がありました。
どちらも毎年我が家で行われる恒例行事となっています。
 
鹿田小と芳田小の新年会をするようになったきっかけは、学校に集まっての早朝マラソンです。
元旦の朝6時、校庭に集まりグランドや町内を走ったあと、学校や公民館の一室を借りて、父兄の方々が用意してくれた芋がゆを食べて過ごしていたのが今日の始まりです。
それが次第に、走るのがおっくうになり、グランドでソフトボールをするように。数年のちには手がかじかむので、ポケットにいれたままでも楽しめるサッカーに。そのうち、ボールを蹴るのもおっくうになりおせちを食べる会へと変遷。現在の形へと落ち着きました。
いまでは、鹿田小の子は53歳に、芳田小の子は51歳、岡山工業の子たちは40歳になりました。
 
懐かしい顔ぶれが揃うこの行事。息子が正月にハワイで結婚式を挙げた年があり、一度だけ開かれなかったことがありますが、この先もずっと続いてほしいと願っています。
 
<全国高校空手道選手権大会>
4日(土)~6日(月)は、『ZIPアリーナ』で「全国高校空手道選手権大会」が開催されました。この大会は、高校空手道の3大大会に数えられるビッグタイトルですが、「岡山さんよう高校」空手道部監督・滝本先生がはじめた大会が発端です。

開会式には、私も岡山県空手道連盟会長として、以下のような祝辞を述べました。
 
「本年はオリンピックイヤーです。誰もが金メダルを目標に頑張っています。
『銀でもよいよ、銅でも価値は金と同じだよ』と、言われていても、目指すのはやはり金です。しかしながら、金メダルはたった一つ。どれだけ頑張っても誰もが獲れるものではありません。
“金”という文字は、「人ニハ一(心棒)第一」と書きます。
心にきちんと志を持ち、さまざまな苦労を辛抱し、艱難辛苦を乗り越えた暁に他者からの信望を得るのです。それこそが、競技で得る金メダルよりも価値がある、あなたの人生の金メダルなのです。
これからも志をたて、苦しさに耐え、人から信頼される良き人へと成長していってください」
 

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2019年11月26日 11月26日(火)愛犬“令和(れい)

この夏、我が家では秋田犬の子犬、令和(れい)が新しい家族の一員となりました。
 
去る7月22日~25日の間、総務委員会視察で秋田、青森、岩手の三県を周りました。
視察先のひとつに、民営化にむけての検討が行われている秋田空港がありました。民営化への移行は岡山空港にもいずれ及んでくる問題であり、大変参考になるものだったのですが、それは一旦さておき、空港を訪れた際に目に入ってきたのが、私によく似た人(なまはげ)と、秋田犬のぬいぐるみでした。
ふわふわでかわいいそのぬいぐるみを、土産に買って帰ると、孫が大変気に入り、毎晩だっこして寝ているとの報告が。これは、ぜひとも本物を飼ってやらねばと、早速、秋田犬保存会に連絡をとりました。岡山市在住の秋田犬のブリーダー・栗尾さんにも相談に乗ってもらい、ようやく迎えることができたのが、7月7日生まれのメスの秋田犬、命名「令和(れい)」です。
 
れいの母犬は、昨年秋田犬の品評会で優勝した犬で、ロシアのフィギュアスケーター・ザギトワ選手に贈られた秋田犬“まさる”の親戚にあたります。
迎えた当初は、スチールケージで飼っていましたが、成長時には体重50~60キロにもなるため、ただ今、建築会社にお願いして玄関前にあたらしい小屋を建築中です。
 
れいが我が家にやってきてからというもの、毎朝6時には起床し、朝食後に散歩、夜は夕食後に散歩と規則正しい生活が続いています。孫のために迎えた子犬でしたが、自分の健康のためにも一役買ってくれています。
孫をはじめ、近所の人からもかわいい、かわいいと可愛がられながらすくすくと成長しているれい。飼い主に似て脚が長く、とても美形。愛想のいいワンちゃんです。
 
私は、その昔、大学の寮の一室で雑種の“ジョン”と寝食を共にしていました。
大変貧しかった時代で、自分のご飯の半分と、豚汁のなかの豚肉を分けて与えていました。当時、応援団の団長をしており、学園祭で行う市中パレードには、私の隣をジョンも闊歩したものです。大変賢い犬で、授業にも付いてきては教室の片隅で静かに寝そべって待っていました。ある時、「青年心理学」の授業で、珍しくジョンが「フワ―ッ」と声をあげて大あくびをしたものだから、学生たちはみな大笑い。先生が「どこの犬かね」とジョンをにらんだこともありました。
 
そんな、学生時代をずっと一緒にすごしてきたジョンでしたが、教師になった私の最初の赴任先が新見市に決まり、ジョンは後に私の奥さんとなった、当時の彼女の実家で預かってもらうことになりました。
それから2年後、昭和43年3月。私のもとに「ジョンが危ないよ」という電話が。急いで電車に飛び乗り、駆けつけたところ、私の到着を待っていたかのように、お腹をそっとさすってやっている最中に静かに目を閉じ、そのまま永遠の眠りにつきました。
 
その後、私は宇野小学校に転属、3年生の担任になりました。
子どもたちにとって、動物と触れ合うことは大切な教育のひとつだと思い、教室には亀、メダカ、ザリガニ、金魚。校庭のプレパブには犬やニワトリなどを飼育していました。
ある朝当校すると、プレハブの近くに、“金魚の墓”と書かれた割りばしを立てて、手を合わせている子どもたちの姿がありました。生き物への愛情あふれる姿に感動を覚えた思い出です。

 

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はたようじ 波多洋治

はたようじ 波多洋治

自由民主党公認岡山県会議員

昭和18年9月14日 島根県隠岐島生れ

住所/岡山県岡山市北区白石65-3

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